古筆をまなぶ 3 高野切第三種 941 よのなかの

古今和歌集、歌番号941を勉強します。

高野切201511-3自習941-1左:お手本  右:形臨

ではいつものように、お手本を通読して読めない字をチェックしてから――

はじまりはじまり~(^_^)

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高野切201511-3自習941-1よのなかの

ここは新出の変体仮名はありません。前回と前々回、最後まで読んでくださった方には簡単だと思います。

「よ(1)な(2)の」

(1)は前回も出てきた「能」を字母とする「の」です。

変体仮名007能前回(歌番号965)の「能」

(2)も前回、出てきています。「可」ですね。前回はこんな形で出てきました。

高野切201511-3自習941 よのなかの「か」

以下は次回以降に勉強する予定の942の一部ですが、参考までにご覧ください。

高野切201511-3自習941 参考よのなかは「可」が二回、出てきます。上の方はテンがきちんと書かれているので判読しやすいですね。

対して、下の方はテンが連綿線と一体化しています。このパターンでは、「可」の下部のクルッと右回りに書く部分だけが独立した一字のように見えることがあります。

これが時に「の」のように見えたりするのですが、古筆では「の」は(上の写真の二文字目のように)大きく書かれるのが普通です。「の」は大きく「可」は小さい――と覚えておけば混同することはなかろうと思います。

◇◇◇

ちなみに――『変体がな実用字典(高野切第三種)』(川村滋子・著)という本をみると、『高野切第三種』でどんな仮名がどのくらいの頻度で使われているかがわかります。

この本によれば、「ka」と読む字の登場頻度はこんなふうになっています。

「か」――11回

「可」――131回

「閑」――2回

「賀」――1回

実に90%以上、「可」で書かれていることがわかります。

確かに、この四字の中では、点を打ってクルッと小さく筆をまわすだけの「可」がいちばん速く楽に書けて使い勝手がいいですよね。明治政府はなぜ、この大人気の「可」を採用しなかったんでしょうね?

説明が長くなりました。

これで初句はもう読めますね。

高野切201511-3自習941-1よのなかの

「よの」(よのなかの)

( ̄ー ̄)ゞ きょうのブログタイトルでわかってたけどね。

――それは言わないの(笑)

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高野切201511-3自習941-2うきもつらきも

「うき(1)(2)らきも」

これも、すでに学習した変体仮名ばかりです。

(1)は「毛」(も)、(2)は「徒」(つ)でした。

「うき毛徒らきも」(うきもつらきも)

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高野切201511-3自習941-3つけなくに

「つけ(1)くに」

これも学習済み。「那」(な)ですね。

「く」は字母「久」のイメージを強く残しています。

「つけくに」(つけなくに)

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高野切201511-3自習941-4まずしるものは

「ま(1)しる(2)のは」 これも学習済みですね(^_^)

(1)「徒」(つ)(2)「毛」(も)

「まつしるのは」(まつしるものは)

――「可」や、ここに出てきた「る」など、必ずと言ってよいほど小さく書かれる仮名があることがだんだんわかってきます。

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高野切201511-3自習941-5なみたなりけり

「なみ(1)(2)りけ(3)」

(1)「多」(た)、(2)「那」(な)、(3)「利」(り)でした。

結局、おー、今回はすべて学習済みの字でしたね(^_^)

「なみ多那りけ」(なみたなりけり)

ここでは二回「り」の音が出てきます。最初は今の仮名と同じ形で書かれ、最後は、同じく「利」を字母としながらまるで「わ」のように書かれる「り」になっています。

「わ」の方を『かな字典』でみると――、

高野切201511-3自習 参考「わ」(二玄社『かな字典』より)

うーむ。「り」と「わ」は形だけではほとんど区別がつきませんね(^_^;

ただ、「わ」は実はさほど出てきません。先ほどの『変体がな実用字典』でみてみると――

「わ」――13回

「王」――3回

「和」――1回

『高野切第三種』では13回しか出てきません。対して「わ」に見える「り(利)」は96回も出てきます。「わ」に見える字のほとんどは「り」だということになりますね。

というわけで、「わ」のような形を見たら、まずは「り」と読んでしまう――でいいんじゃないかと思います。「り」と読んで言葉にならないようなら「わ」と読んで検討してみる、という作戦でいってみます(^^)

「わ」があまり登場しない理由としては――、

現代仮名遣いでは「いない、おもない」というように、ワ行五段活用の動詞で未然形などに「わ」が出てきますが、これが歴史的仮名遣いでは

いふ、いず、い

おもふ、おもず、おも

のように「は」と書かれるため、ということが考えられるかもしれません。

一方、古文では助動詞「けり」は頻出するので、どうしても「り」の方は出番が多くなります。一文の終わりに

 「け」または「介」 + 「わ」のように見える字

が出てきたら、無条件に「けり」と読んでしまって、まあ間違いはなかろうと思います。

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では全体を再掲、通して読んでみます。

高野切201511-3手本

の うき毛徒らきも つけくに

しるのは なみ多那なりけ

よのなかの うきもつらきも つげなくに

まずしるものは なみだなりけり

世の中の 憂きもつらきも 告げなくに

まづ知るものは 涙なりけり

(意味)

世の中が悲しいとかつらいとか(誰にも)告げてはいないのに、まず知るものは涙なのだった

「悲しいつらいということを口にしなくとも、涙が流れるの見ればそれはわかる」ということでしょうか。

現代語にするとどうも理詰めの表現になりやすく、元の和歌がもつ「含み」や「余情(よせい/よじょう)――言外に感じる情趣――」は消えてしまいがちです。訳を参考にしつつも、もとの歌から自分なりに感じるものを大事にしたいですね。

今回もお疲れ様でした。それではまた~(^^)/