書道史を学ぶ 13 王羲之の書(1)

ようやく王羲之の再登場です(^^)

三世紀頃には楷・行・草の三書体が出揃い、また書写の材料が木簡・竹簡から紙へと移行し、筆の改良も進んだことで書写環境に大きな変化が起こりました。書が芸術的表現に昇華してゆくための舞台装置が整ってきたのです。

書聖とよばれる空前絶後の天才王羲之が現れたのはこうした時代を背景とする。『書の歴史 中国篇』伏見沖敬・著 筒井茂徳・補)65頁

王羲之が登場する四世紀初め頃の歴史的背景については「書道史を学ぶ 3」ですでにふれているのでそちらをお読みください。

ここからは、王羲之が書聖とよばれている理由を知るために、その書をみてゆくことにします。

――といっても、当然ながら私などには語れる知識も書道経験もありませんので(^_^; ここはあの石川九楊先生に教えを乞うことにいたします。以前にもご紹介した雑誌ですが――、

201605『芸術新潮』199810

『芸術新潮』平成10年(1998)10月号

この雑誌の「王羲之はなぜ`書聖`なのか」という特集で、書家の石川九楊先生が編集部の質門に答える形で、王羲之の書について語ってくださっています。

質疑応答はこんな形で始まります。

Q 王羲之の真の姿をうかがうには、どんな作品を、どのような点に注意しつつ、見ればよいのでしょう?

A 王羲之の書の表現は、後の唐代や宋代の書に比べれば、まだ多分に素朴な、古風(アルカイック)な段階にあるものだったはずです。それは書として、とてもナチュラルな姿をしていたということでもあります。例えば『姨母帖(いぼじょう)』を見て下さい。(後略)」

◇◇◇

では、一緒に『姨母帖』をみながら、九楊先生のお話を伺うことにします。

201608王羲之『姨母帖』

王羲之『姨母帖

若書きの行書の尺牘(せきとく―手紙)です。姨母(いぼ―母の姉妹)が亡くなった悲しみを切々と訴える内容になっています。素朴な感じの書きぶりで、晩年の流麗な書とは様子が違います。

「ひとつひとつの線が、スー、スーと、なだらかに自然に引かれているでしょう」

起筆や収筆にグッと力をこめた線を見慣れた現代人の目には、力みのないごくごく自然な筆運びはかえって新鮮にみえるかもしれません。唐代以前はこのような筆遣いが一般的だったようです。

「転折」は未成熟

「それから『月』、『日』、『自』、『因』などの字の右肩が丸いでしょう」

201608王羲之『姨母帖』の「月」など

私たちは、この右肩のところはクッと筆を押さえてから方向を下に転じる筆遣いを教わりますよね。「転折」といって後世の私たちには当たり前の筆法になっていますが、これも唐代になって完成する技法だそうです。王羲之の時代には、この技法も未成熟でした。

また――、

201608王羲之『姨母帖』の「しんにょう」

「しんにょう」も、何気なくスーッと筆をぬいて収めています。右払いもまだ未成熟な段階にあったことがわかります。

「以上のような表現は、王羲之と同時代の木簡類などにも共通する、古風な筆遣いだと言えるでしょう。」

「一方、王羲之固有の表情として、左右へのふりこのような大きな振幅があげられます。」

201608王羲之『姨母帖』の「之」「羲」

「之」や「羲」の一画目と二画目など、大きく筆が左右に揺れているのがわかります。これは当時の一般的な筆法ではなく、王羲之に特有のものだということです。

◇◇◇

新たな筆法の芽生え

次に、晩年の書をみてみます。

201608王羲之『初月帖』

王羲之『初月帖(しょげつじょう)』

王羲之が官を辞した53歳以降の書といわれています。病で弱っている近況を草書で伝えています。

「『初月帖』もまた、よく古風(アルカイック)な面影をよくつたえていますが、一方で新たな筆法の芽生えも見られます。」

201608王羲之『初月帖』の「至」など

「至」「且」「雖」「慰」

縦画の収筆部分で筆を上げず、そこから筆をクルリと右に回転させて横画につなげています。後世の私たちは行草書で当たり前に目にしている筆遣いですが、こういう筆法は王羲之の時代には存在していませんでした。

「唐時代になって一般化する筆遣いです。王羲之が、新時代への表現へと一歩を踏み出した人であることが判ります。『姨母帖』『初月帖』は、唐時代に製作された双鉤填墨()による複製本で、王羲之行書の実像を照らしだす、鏡のような存在と言えるでしょう。」

 双鉤填墨(そうこうてんぼく)

文字を写し取る 方法の一つ。写そうとする文字の上に薄い紙を載せ、最初に輪郭だけ を線で写し(双鉤) ,中に墨を補填 (填墨) する。 六朝時代 から唐代にかけて広く行われた。

201608双鉤填墨

次回に続きます。

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きょうの自運(幸田文『季節のかたみ』の続きです)

ペン自運「季節のかたみ」BN1-2

20160829ペン自運「季節のかたみ」3

それではまた(^o^)/