書道史を学ぶ 7 王羲之(5) なぜ”書聖”とよばれるのか

小テスト

すべて硬筆書写検定1級・準1級で実際に出題された問題です。

(問題1)上段の作品の筆者を下段から選んでください。

1 十七帖   2 雁塔聖教序  3  集王聖教序

A 欧陽詢  B 褚遂良  C 王羲之  D 虞世南

(問題2)次の文章で、正しいと思うものには○、誤っていると思うものにはXをつけてください。

1 王羲之が書いた『十七帖』は十七通の手紙を収録したものである。(   )

2 高野切は古今集を書写した巻子本の断簡で、その一部が高野山にあったので、この名がある。(   )

3 文字は線で構成され、その線の質を論ずる時は、線質という。(   )

正解は最後に掲載します。

◆◆◆◆◆

これまで四回にわたって王羲之の代表的な書跡をみてきたわけですが、ここまで読まれて、素直な疑問として「王羲之の書は何がそんなにすごいの?」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

かく言う私も、高校の書道の時間に王羲之という名前やその作品にふれて以来、書道史上とても重要な人物なんだという認識はあったものの、じゃあ実際のところ何がどうすごいのか――についてはよくわからずにおりました。傑作といわれる『蘭亭序』などをみても、正直言ってその価値はよくわからずにいたのです。

201605『蘭亭序』定武本

『蘭亭序』定武本

これが時代を超えて大絶賛され続けるほど上手な字なのだろうか?というのが偽らざる気持ちでした。これに比べたら――、

201605狩田巻山先生行書

『書道精習講座2 行書精習』(狩田巻山先生・著)より

こういう現代の行書の方が、私にはより立派で美しくみえる……のですけれども、それはやはり、自分の鑑賞眼が未熟だからなのでしょうか???

書道もペン字もやらないのに、長い間そんな漠たる疑問を胸に抱いていたのでした。そしてあるとき、書店でこんな雑誌を見かけました。

201605『芸術新潮』199810『芸術新潮』平成11年(1998)10月号

ぱらぱらと立ち読みしてみると、王羲之が「書聖」とよばれ、中国では勿論、わが国でも尊敬されてきたその理由を、書家の石川九楊先生がじっくり語られていました。

しばらくの立ち読みの後、私はこの雑誌を持ってレジに向かいました。当時は書道にそんなに興味があったわけではないのですが、書画の鑑賞眼ぐらいは持ちたいものだと漠然と考えていたものですから、こういう雑誌を買って読むことがたまにあったのです。

この特集で、九楊先生はこうおっしゃっています。

「”書”の世界におきた大革命が王羲之という一人の人物に仮託され、革命のシンボルとして崇められるようになった。しかも、王羲之はそこにとどまらず、この革命からさらに一歩を踏み出した。ここから真の意味での”書”が始まるのです。王羲之とは、”書”の『原点』や”書”の『原郷』(パトリ)を象徴する存在であり、それゆえにこそ、”書聖”と呼ばれるようになったと私は考えています。」(47頁)

『芸術新潮』のこの特集を読んで私はこう思いました。「王羲之という人は、漫画の世界でいえば手塚治虫みたいな人なんだな」

◇◇◇

手塚治虫は「漫画の神様」と呼ばれています。なぜそう呼ばれるのでしょうか。これを見てください。

201605『新宝島』冒頭

『新宝島』(手塚治虫・著)

昭和22年(1947)に発行されたこの漫画は、当時の漫画少年たちに衝撃を与えました。

進化著しい最近の漫画を読み慣れている若い方には、この漫画の何がすごいのかがよくわからないかもしれませんね。それを知るには、手塚治虫以前の漫画をみてみる必要があるでしょう。

201605のらくろ

『のらくろ』(田河水泡・著)

『のらくろ』は、昭和6年(1931)から16年(1941)まで『少年倶楽部』という雑誌に連載された大人気漫画です。

比較して一目瞭然なのは手塚作品には「動き」があるということですね。『新宝島』を初めてみた少年読者たちは「絵が動いている!」と衝撃を受けたといいます。

それまでは劇場の舞台を観ているような固定的な構図が当たり前だった漫画が、映画のようにダイナミックに場面が動いていくものに進化した瞬間でした。

ただ、最近の研究によれば戦前の漫画にも動きを表現しようとした構図はときに見られるとか。手塚治虫以外にも、動きのある表現を志向した漫画家はいたようです。

しかし、『新宝島』のような完成度で読者にそれを伝えた漫画家は他にいなかったようで、手塚治虫は漫画の革命者と認識されるようになります。その後も精力的に作品を発表し続け、長年にわたって日本の漫画界の牽引役を果たしてきました。わが国を漫画・アニメ大国に成長させた最大の功労者といえるでしょう。

そのような意味において手塚治虫は「漫画の神様」と呼ばれています。絵やストーリー作りのうまさといった、技術についてのみ評価された結果ではないのです。今では技術的にはもっと上だといえる漫画家もいるでしょう。しかし、その人々も手塚治虫の創りだした表現世界で育った「人間」にすぎず、その世界を創造した手塚治虫はやはり別格の「神様」なのです。

◇◇◇

王羲之が書聖とよばれる所以も、これと同様のことなのだろうと私は理解しました。書聖とよばれるのは、王羲之が史上もっとも書を能くした人物である――というような意味からでなく、書の世界に革命をもたらし、以後の「”書”の『原点』や”書”の『原郷』(パトリ)」となった人物ゆえ、なのですね。

では、王羲之の時代に起きた書の革命とは、どんなことだったのでしょうか。

それを知るために、次回から王羲之以前の書についてみていくことにします。

それではまた(^^)/

◆◆◆◆◆

小テスト解答

(問題1) 

  1. 十七帖 ―― C 王羲之
  2. 雁塔聖教序 ―― B 褚遂良
  3. 集王聖教序() ―― C 王羲之

※ 「集王聖教序」は『集字聖教序』の別名です。

(問題2) 

  1. ( X ) 書き出しが「十七…」であるところからこう名付けられました。
  2. (   ○  )
  3. (   ○  )