古筆をよむ 10 寸松庵色紙 46 むめのかを(3) 「ん」の誕生

古語の「め(梅)」、「ま(馬)」、それから「まる(生まる)」、「もる(埋もる)」など、

ま行音が後ろに続くときの「む」

は、鼻音[m]で発音されたことがわかっています。

口を閉じたまま「む」と言って、続けて「め」と言う。[mme]はそんな発音になります。

これを初めて知ったのはたぶん30年ほど前、どなたか国語学の先生が一般向けに書かれた本にあったと記憶しているのですが、今ちょっと書名がわかりません。本棚に残っていることば関係の本をパラパラめくって調査中です。書名がわかったらお伝えします。

◇◇◇

平安びとは「むめ」と書いて実際には[mume]でなく[mme]と発音していました。現代人も「あんま」[amma]などのように、[m]の前でこの音を発音しており、その表記に「ん」という仮名を使っています。しかし平安時代にはこの音を表すための字がなかったので、「む」が使われていたわけです。

では、平安びとの中に――

[mme]を書くとき、本当の発音と違って「むめ」としか書けない。[m]を表記するための字がないんだよなあ。不便だなあ。

なんていう思いがあったのでしょうか?

よほど耳の鋭い人以外は、そんなことは考えなかったと思います。

文字表記というのは多分に習慣的に決まっている部分もあって、親は子に、「むめ」と書きながら[mme]はこう書くんだよ、と教えていたことでしょう。それを子どもが

――え?「む」は[mu]って読むんだよね。でも[mume]って読まず[mme]?なんか変じゃない?[u]はどこへ行ったの?

なんてツッコむことはなかったでしょう(笑)

今の私たちだって、文字どおりでない発音をいくらでもしています。たとえば促音(っ)は――、

た[atta]

ぱり[yappari]

こう[gakko:]

実際の発音は[p]だったり[k]だったりもするのに、全部「っ」ですませていますが、「やっぱり」のときにも「っ」と書くのは変だぞ、なんて気にする人はまずいませんよね(^^)

◇◇◇

さて、「むめ」の読み方の確認が終わったところで「むめのかを」をよんでいこうと思……っていたのですが、せっかくここまで来たので――、

「无」を字母とし「む」と読まれた仮名が「ん」とのみ読まれるようになった経緯

まで書いてしまおうと思います。

◇◇◇

それには、助動詞の方の「む」についてみておく必要があります。

いかならはどう読まれたか

枕草子に「香炉峰の雪」という有名な段があります。古文の時間に読まれた方も多いでしょう。

中宮定子(藤原定子)様が清少納言に対して

「少納言よ、香炉峰の雪いかなら(雪はどうだろうか)」

とおっしゃったので、少納言は(どうぞご覧ください)とばかりに御簾(みす)―すだれ―を高く上げさせます。

香炉峰は中国の山です。日本にいる清少納言にその様子がわかるわけもありませんが、定子様が茶目っ気たっぷりにこうお尋ねになりますと――白居易の詩に「香炉峰の雪は簾-すだれ-をかかげて看る」とあるのを踏まえ、清少納言が機知をきかせてこう応じてみせたわけです。それを見た他の女房たちが「まあ、やっぱりすごい方だわ」といたく感心する、という場面ですが――、

これも、平安時代には「いかなら」という発音になっていたと考えられています。

推量や意志などをあらわすこの助動詞「む」は平安時代にはすでに「ん」に変わっていました。しかしこの音を表記するための字はまだなく、人々は「ん」と発音しながらも、あいかわらず「む」と書き続けていました。

日本語に頻出するこの助動詞「む」の音が変化したことの影響は多大でした。助動詞「む」を「ん」と読む時代が続くうちに、「ん(无)」に本来[mu]という読みがあったことがだんだん忘れられていきます。

こうして、「无」を字母とし、かつては「む」と読まれた仮名「ん」は、もっぱら「ん」とのみ読まれるようになっていきます。

201604「无」

簡単にまとめてみます。

  • 「无(む)」(「無」の異体字)を字母として「ん」という仮名が生まれた。
  • 字母の読みどおり「む」と読まれたが……、
  • 人々が話す言葉の方に「む」→「ん」という変化が起こった。
  • 人々はこの字をもっぱら「ん」の音で読みはじめる。
  • 人々はいつしかこの字の読みが本来は「む」であることを忘れていった。

「ん」にはこのような変遷があったのですね。

(古筆中の「无」は「も」と読まれる場合もありますが、ここではふれませんでした。)

◇◇◇

さて、それでは「むめのかを」をよんでい……くのは、長くなりすぎるので次回にさせていただきます。

まだ筋肉痛が……いたた(T~T;


■■■ 草書学習記録 4/3(日) ■■■

20日目の48字テスト。

20160403草書学習1

 等  持  侍  詩  言  時

 縛  博  専  特  守  尊

 四  駕  加  驚  敬  馬

 禾  高  尚  将  得  罵

 浄  争  府  付  朗  稿

 預  務  茅  矛  事  静

 姪  室  握  屋  至  柔

 致  言  盛  成  窒  到

「源・原・減・感・咸・誠」の6字を学習。通算126字。

20160403草書学習2


それではまた(^^)/