私が書道を始めた理由

実用ペン字を身につけて将来こどもたちに教えられるようになりたい――初めはそのくらいに考えていました。そんな私が書道にも近づくことになったきっかけは、筆ペンを始めたことでした。

ペン習字を始めてみて、筆ペンの課題もあることを知りました。筆「ペン」だから書道でなくペン習字の方の扱いになるんですね。

最初はあまり興味もなかったのですが、毎月とどく競書誌のお手本の美しい字を見ているうちに、やってみたい気持ちになりました。自分の名前や住所くらい筆ペンで上手く書けたらかっこいいよなあ、というくらいの軽い気持ちでしたけれども。

しかし、やってみると、これがすごくむずかしい。ペンとは異質な動きを学んでいく必要がありました。

ペンは、平面上を行ったり来たりの、いわば二次元の動きです。

対して筆は、上に引き上げたり押し込んだり、押し込んでから徐々に引き上げていったりと、三次元の動きをします。本格的な書道ではないにしても、毛筆タイプの筆ペンでは、この動きを覚えないとお手本のようには永久に書けません。

最初の数ヶ月はまるで思いどおりに書けず、投げ出したくなったこと一度や二度ではありません。むずかしすぎる(-_-)

しかし、すぐにやめてしまうのは恥ずかしいという気持ちだけで何とか食らいついていくうちに、お手本に近い線がわずかずつですが書けるようになってきました。現金なもので、少し書けるようになると三次元の筆遣いを楽しむ気分もちょっと生まれてくるのでした。

それからは、ネットで書道の運筆動画を探しては眺めるようになりました。ほんものの筆になると三次元の動きはさらに躍動感を増し、一本の筆が多様な線を生み出していきます。筆の表現力はすごいものだなと、今さらながら感心しました。

201508S字縦線から左にはねるための準備動作。筆の弾力を利用するためにいちど押し込んで力をためている

さて、こうして筆の動きというものを意識するようになってから、ペン字の方でも一つ発見がありました。今まで習ってきたペン字にも、毛筆の書き方を意識して書かれている部分がたくさんあることに気づいたのです。

20150828台風の季節1
『書蒼』2015年9月号より(岡田崇花先生揮毫)

ペン字の方でも、特に始筆や収筆で毛筆の動きを意識した書き方がされていることがわかると思います。それまでは必死にお手本を真似るだけで、どうしてこういう書き方になるのかなどまったく意識していませんでした。

ところで、こういう書き方は毛筆では必須でも、硬筆でこう書かねばならない合理的な理由はないはずです。線をもっと単純化し、たとえば活字のゴシック体のような字を書いたって、文字の伝達機能が損なわれることはありませんよね。

しかし、ゴシック体を模したような単調な手書き文字を見て、読みやすいとは感じても、美しいと感じる人はいないんじゃないかと思います。文字は単なる記号ではありません。私たちは文字に対して「集合的美意識」とでもいえそうな、ある感覚をもっていますよね。その美意識が、こういう書き方を求めるのでしょう。

考えてみれば当然かもしれません。漢字は数千年、かなはざっと千年、ずっと筆で書かれてきました。私たちの文字に対する美意識は、千年以上の時間、筆文字を読み書きすることで培われてきたのです。その美意識がペン字にもしっかり反映されている、ということなんでしょう。

むむむ。じゃあ筆を知らなければペン字のことだって本当にはわかってこないのでは?ここはもう本物の筆を学んでみるしかないんじゃないの?何より、こんなに面白そうな毛筆の世界を体験せずに君は死ねるのかねゴロー君?

う~む、死ねない……。

そんなわけで書道を始めました(^^;