古筆をまなぶ 4 高野切第三種 966 つくはねの(1)詞書

順番では942ですが、『書蒼』1月号の臨書課題になっている966を先にみておくことにします。

966には詞書(ことばがき)――作歌の経緯・事情などを述べた文――が添えられています。この部分は臨書課題にはなっていませんが、読みの勉強をしておきたいと思います。

高野切201512-1自習966-1

左:お手本  右:形臨

(画像をクリックすると大きく表示されます)

読めないところをチェックして勉強を始めましょう。

◇◇◇

 高野切201512-1自習966-1-1

 「みこの(?)や能」

さっそく未習の変体仮名が出てきました。字母は「美」で読みは「mi」です。かな字典をみてみましょう。

高野切201512-1かな字典「美(み)」

『かな字典』二玄社

ひらがな「み」も字母は「美」ですが、こちらの方が字母のイメージをより強く残していますね。

というわけでここは――、

「みこの」(みこのみやの)

では次へ。

高野切201512-1自習966-1-2

「多ち(?)きに」

読みは「ha(wa)」、字母は「者」です。

高野切201512-1かな字典「者(は)」

「ha(wa)」と読む仮名それぞれの、『高野切第三種』での出現回数をみてみます(『変体仮名実用字典(高野切第三種)』より)。

「は」 95回

「者」 38回

「盤」 6回

「八」 1回

「は」の次によく使われています。

――「者」を「ha(wa)」と読むのはどうして?

漢文訓読で「者」をそう読ませる場合があります。たとえば――、

 仁天下之表也(仁天下の表なり)

  仁とは世の規範である

「者」の字を字母として「ha(wa)」と読む仮名が作られたのは、ここからきているのでしょう。

きに」(たちはきに

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「はへりけるを」

ここは変体仮名はありませんが、「へ」にちょっとひっかかるかもしれません。私たちが普通に手書きする「へ」とは微妙に形が違います。

高野切201512-1かな字典「部(へ)」

「部」の「阝」(おおざと)から生まれた「へ」。古筆ではこのような形であらわれることが多いようです。ときに「つ」のように見えることがありますが、それについては後述します。

はへりけるを

高野切201512-1自習966-1-5

すべて既習です。

みや徒可」 (みやつかへ

高野切201512-1自習966-1-6-1

これも勉強した字ばかりです。

徒可うまつらとて」(つかうまつらすとて

高野切201512-1自習966-1-7

「と介てはへりけると(?)尓」

終わりから二字目が新出です。「よ」のように見えますが、「支」が字母で読みは「ki」です。

高野切201512-1かな字典「支(き)」

「よ」とどう違うか、比較してみましょう。

高野切201512-1かな字典「よ」

高野切201512-1かな字典「き(支)とよ)」

左:支(き)  右:よ

上部の形が明らかに違いますね。

「支」(き)の方は、始筆がクルリと左まわりに宙返りしてからタテに下りていきます。「よ」(字母は「与})は、ヨコ線のあと、いちど筆が離れてからタテ線が書かれます。この始筆の部分に注目すれば区別はつきますね。

ちなみに――

高野切201512-1かな字典 蓬莱切その他の「き(支)」

『蓬莱切(ほうらいぎれ)』その他では「クルリと左に宙返り」がなく、ヨコ線を書いてから、それに交差するようにタテ線が書かれているものがありますが、「与」を字母とする「よ」は最初のヨコ線がタテ線と交差しないので、これも区別がつくでしょう。 

さて、もうひとつ、ここでも「へ」が出てきますが――、

高野切201512-1自習966-1-7-2

この「へ」は「つ」と判別がつきにくいかもしれません。下の字に向かう連綿線の最初の部分まで含めて文字として見ると、「つ」のようにも見えてきます。

このように連綿の具合によっては、「へ」か「つ」か判読しにくい場合がほかにもあるかもしれません。

こういうときは日本語の知識を動員し、「どちらで読めば言葉として成り立つか/文脈に合う言葉になるか」検討していくことになるでしょう。ここでは古文の基礎単語「はへり(はべり)」(お仕えする)を思い浮かべられれば「へ」と読めますね。

てはへりけると支尓」(とけてはへりけるときに

高野切201512-1自習966-1-8

最後です。未習の字はありません。「き」と「よ」の連綿の仕方が面白いですね。

みやちのきよ」(みやちのきよき

◇◇◇

では、通読してみましょう。

高野切201512-1自習966-1詞書

みこの能多きにはへり

けるをみや徒可徒可うまつら

てとてはへりけると支尓

みやちのきよ

変体仮名を今の仮名に置き換え、言葉の切れ目がわかりやすいように分かち書きをしてみます。

みこのみやの たちはきにはへりけるを

みやつかへ つかうまつらすと

とけてはへりける ときに

みやちのきよき

現代仮名遣いにし、必要に応じて濁点をつけます。

みこのみやの たちわきにはべりけるを

みやづかえ つこうまつらずと

とけてはべりける ときに

みやじのきよき

漢字仮名交じりにします。

親王の宮の 帯刀にはべりけるを

宮仕え つこうまつらずと

解けてはべりける時に

宮道潔興

(語釈)

みこのみや  東宮(とうぐう)すなわち皇太子の住まう宮殿。または皇太子その人。

「東宮」 皇居の東側に皇太子の宮殿が置かれたので、こう呼ばれます。今も赤坂の御用地内の「東宮御所」には、皇太子殿下、同妃殿下、愛子内親王殿下がお住まいです。

東宮御所

東宮御所

たちはき(たちわき) 帯刀して東宮を警護した武官

はべり  お仕えする

――という意味の動詞ですが、「あり」の丁寧語としても使われます。また補助動詞として動詞や助動詞を丁寧な形に変える働きがあります。「~ております」「~でございます」などと訳されます。

たちはきにはべりけるを 東宮警護の武官でおりましたのを

つかうまつらず 「つかうまつる」(お仕え申し上げる)の否定形。

つかうまつる 「つかへまつる」(お仕え申し上げる)からの変化。補助動詞として使われると謙譲の意を表す。

 「お送りつかうまつらむ」(お送りいたしましょう)

――「つかまつる」の元の形だと聞けば、ああなるほど!とスッと入ってきますね(^_^)

とけて 解任されて

(意味)

東宮警護の武官でおりましたのを

宮仕えいたさずと(もよいと)して

 → (12/12訂正)宮仕えをしっかりしない(出仕怠慢である)として

解任されましたときに(詠んだ歌)

宮道潔興

◇◇◇

これで、読めて意味もわかりましたね。もういちど読んで、千年前の歌の詞書が読める自分をほめましょう(^_^)

高野切201512-1自習966-1詞書

◇◇◇

帝(みかど)や皇族がたの近くに控えて護衛や雑役などに携わる役人を舎人(とねり)といいました。その中で特に武芸に秀でた人が帯刀を許され、帯刀(たちわき=東宮警護官に抜擢されたそうです。

作者はそういうすごい方だったんですね。しかしお気の毒なことに解任されてしまったようです。次回、その傷心、失意の底で詠まれた歌966をよんでみます。

みずの古筆

今回は長かったですね。大変お疲れ様でした。

それではまた~(^^)/